精神の史・概略

プロローグ

世界で唯一、日本人だけがもっているY染色体D2型。

ミトコンドリアDNAや染色体の研究が進んだことにより、人類の拡散経路が概ね分かるようになったとした中で、ハプログループという種分け方で解析された日本人のY遺伝子は、そのほとんどを現日本人しか持っておらず、しかもこの系は、人類最古の祖形にたどり着くということが分かったそうである(中国や朝鮮半島にD2系統は存在しない。つまり、ユダヤ人が言ったような、日本人の祖先と、中国、朝鮮人の祖先とは同類であるとした説は否定された)。
世界で最も古い土器、石器が発見されているのも日本である(言語体系や単語の数の多さも日本人の歴史の古さを証明しているが)ということから、日本は、海により遮断された地にて最古群の類型人類が、独自の文化を継続的かつ遮断的にはぐくんだ地、と言えるだろう。

生物学者のルパート・シェルドレイクや、ケンブリッジ大学のフェローは、あらゆるシステムの形態は、過去に存在した同じような形態の影響を受けて、過去と同じような形態を継承し(時間的相関関係)、また、これらは「形の場」による「形の共鳴」と呼ばれるプロセスによって起こるとした「形態形成場仮説」を唱えたが、だとしたら、人類最古群の類型である日本人は、日本という形の場において、途方もない数の形の共鳴を途切れず繰り返してきたことになる。日本人の血が濃い理由がよく分かるが、フランスはすでに~をしている!や、イギリスでは~あたりまえ!などと言いつつ日本人を世界の賤民扱いする学者は考え方を改めるべきである。物事の新旧と優劣は同義でない。日本の古い習慣に新しいことが負けることもそう珍しいことではないということだが、少なからず、開国した後の日本人の、場面を限定せずに突如として登場し、僅かな年月をもってその世界の先頭で活躍し続けるとした超越的な能力が、多くの他国民に戦慄を与え続けていることは確かである。

超越人群日本人

Y染色体D2系統を体内に受け継いできた日本人。しかし、この染色体は、それほどにまで魅力的な力をもっているものなのか?
もちろん、そうではない。
朝鮮半島と陸続きであった日本との間が海となってより独立した体系として営みを開始した日本だが、現日本人の超越的な潜在能力を育む源泉は、一番最初に日本を平定し、国家としての機能を整えつつ、その意義と使命を吹聴、宣った初代天皇神武の建国精神。日本人がもつ、あらゆる特性は、この神武天皇の建国精神と、以降、現在まで継承されて来る天皇と皇室の精神、歴史、御心、行い、発言などに由来するのだ。

今から約2700年前、原住民であった出雲系物部氏の元に、八咫烏の案内で神日本磐余彦天皇(かんやまといわれひこのすめらみこと)が来た。
神日本磐余彦天皇(かんやまといわれひこのすめらみこと)は、それより前に日本を離れ、途方もない年月をかけて海路にて帰国したと、これも染色体が現わす人類の拡散経路にて推測されたそうだが、この、天照系の指導者により「国を譲れ」と言われた物部氏は、何ら躊躇せずに国を譲ったそうである(国譲り神話)。
これにより神日本磐余彦天皇(かんやまといわれひこのすめらみこと)は、初代天皇として国を造り始めるのだが、その気概は、世界平和、人類平等の原理原則をもってその思想を広めて成る、人々共に助け合う世界の構築にあったのだ。

八紘一宇

八紘一宇という言葉がある。
『日本書紀』巻第三神武天皇の条にある「掩八紘而爲宇」から作られた言葉で、大意としては天下を一つの家のようにするということ。
富める者は貧者に。
強者は弱者に。
智者は凡夫に手を差し伸べ、ひとつ傘の下にて降る雨をしのごうと・・・
元来、日本は世界平和の礎たらしめんとした壮大な役割を背負っていた。
八紘一宇こそ、日本の建国精神と言えるのだが、戦後の雰囲気によりこの言葉は、侵略の動機となり、あるいはアジア諸国を苦しめた事を隠す大義と語られたが、今の世において、悪意が無ければ、天皇が好戦的な侵略者であると信じる人はもういない。日本がこの聖使命を再考し、本来なすべきことを思い出し、それに従って政治を行えば、今の混沌とした世界が善き方向に進むに違いない。

円の中心に立っていただく

神武天皇は、武力や政治による可変的な統治体系ではなく、統治者の血筋による継承をもって国を治めようとした。
世界の国々においては、統治者争いが悲劇を繰り返し、血糊で歴史が書き換えられ続けてきたが、日本はこの皇室の意向により下位に政治を置いたことで、権力者争いにみる無駄な血を流すことなく、また国柄の極端な変容を免れた。
誰が覇権者になろうとも天皇は代わらない。
しかも、誰でもが天皇になれるわけではない。
この考え方が功を奏し、日本は、2000年以上もの間、国の表情を変えずにすんでいる。

その天皇は、西洋的な権力図に見るピラミッド型の頂点には身を置かず、円の中心に位置する形を採用したが、これも天皇の大御心であろう。幕末、王政復古が叫ばれた理由の一つに、ひもじい思いをしている天皇の様子、幕府の、天皇に対するぞんざいな扱いが多くのサムライの耳に聞こえたということがある。天皇は、水に薄められた酒をたしなみつつ「この世にこんなに美味いものがあったのか」と言われたと、そのことが世のサムライに伝播され、幕府の贅沢が天秤にかけられたことにより、幕府憎しと、サムライの魂に火をつけたのだ。

天皇が日本の神である所以

第二次世界大戦を開始した西洋諸国の表向きの大義の一つに、ファシズムの撲滅があった。
天皇を神として国家神道を掲げた日本は全体主義国家であるとされ、アメリカをはじめとする連合軍は、終戦後、即刻、天皇は神ではなく人間であるとした宣言を天皇に強要した。が、しかし天皇の人間宣言を聞いた日本人は、誰もが「そんなことは知っている」とアメリカを冷笑した。つまり、日本人にとっての神は、西洋諸国(キリスト教)で宣う神(God)とは違う存在であり、あるいは天皇は、現人神(人々に分かりやすいように人間の姿をした神)、つまり神は神でも西洋的な信仰対象ではなく、究極に進化した精神性を持つ、かくあるべき人間の最良の姿を教えてくださる範であり日本人の祖であるということを、国民はみな知っていたのであった。

共産主義は宗教を認めないが、その理由は人民のコントロールにある。
生活の不満を解消するために神を求め、精神的な努力をされては、政治的な体制の維持に支障がでる。
世の中に見えないものはなく、すべての物は単なる物であるとした唯物論を信じ込ませることで、経済的な困窮状態を政治で変えようとした思想を受け入れるからである。が、ならば、天皇を頂点とした全体主義国家であった日本に、なぜ、仏教、キリスト教、儒教、道教、朱子学や陽明学などの外来思想が豊富にあるのか・・・。そしてなぜ、天皇は歴史的に長らく外来思想の流入に寛容だったのか・・・?それは、天皇が専制政治を行わなかったことと、天皇は、国民の幸せを思う御心で物事を判断してきたからだ。

6世紀、仏教が伝来してきたときも、物部氏と蘇我氏に仏教採用の判断を委ねた。
「優れた宗教ならば、国民が喜ぶだろうから・・・」
その少し前に儒学が伝来してきたときもそうだった。
ゆえに、日本人は外来思想により内面を固めたと言われつつも、本領は、外来思想を受け入れる器とそれを実にする知力、天皇の御心、そして、国民が、精神的な物事に関する知識を好んで受け入れたことに大きな特徴があったのだ。
日本は、皇統系譜を元に経典化した神道、人倫の大法である儒教、そして宗教中の宗教である仏教を心の支柱とし、あるいはそれらを選り好みすることなく良い部分を拡張し、学び、実践したことにより、世界で他に類を見ない精神立国として存在したのだ。
国土の面積からすれば小さな国だが、その国の民の内面は、天皇の存在により、宇宙とつながるほど拡大されていたのである。
がしかし・・・

 

 

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