学校で道徳は教えられない2

人倫の大宝儒学
孔子が仁を説き、孟子は仁義礼智を説きつつ、それを善とした。
天、性、道、教が中庸として修まり、修己治人の大学、易、書、詩、礼、春秋の五経が完成し、あるいは荀子の性悪説が引き金となり、儒学は国教たらしめた。

我々が安々とのたまう道徳について、この重みというべきか、すなわち知性としての濃密なる歴史の原点を述べてみたい。
これは、二千年以上も前のことである

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道徳・・・
道徳の「道」は、「道理」等の熟語から明らかなように、「倫理」、あるいは「倫」に通じるものである。

「徳」は言うまでもなく善行を意味し、「利」の意味も含むだろう。

「倫」は人間の仲間の中に発生するがゆえに、道徳とは、倫理と同義としながらも、人が人らしくふみ行うべき道となる。
集団に帰属するべき絶対的な法として生きていると言えるだろう。

然るにこの言葉を漢文学の特定のものとせず、例えばソクラテス以降キリスト教の教義たらしめた人倫説や、ギリシア哲学をも道徳とし、あるいはヘーゲルからくる「良心」に従う個人的、主観的な道徳性、市民社会、国家などの「公」に体現される社会的倫理としての人倫-sittlichkeit、倫理の派生原語である-ethos、moresとされる道徳も、道徳そのものであると言えるだろう。

・・・つまり、広義なのである

我々人類が知性を持ち、集団を形成してより発しているに違いない道徳・・・
それは人間に対し、言語を超えて密着してきた命の掟なのである。

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知の髄を込めた人倫の法、道徳・・・
しかし日本人は、これを以って単に子どもたちの支配環境を成立させようと、安易で浅薄な思潮を作り出している。

これは、その昔の京都にて私塾を開く儒学者、山崎闇斎と、その門弟である遊佐木斎との会話である。

『いろいろと説がありますが、どれが正しいのですか』
と、木斎。彼は論語の泰伯の章について問うたのだ。が、闇斎は

『大切なところだ。集註を暗誦しているか』
と、逆に問う。

『少しは覚えておりますがまだ不十分です』
と、木斎。

『大全を見ると、だれそれは朱子の解釈に反対でありだれそれは賛成である。それを一々覚えているか』
と、闇斎

『いや、覚えておりません』

『通鑑前編に胡氏の論があるが、覚えているか』

『覚えていません』

『讀書録にいくつかの説が載せてある。覚えているか』

『覚えていません』

・・・ゆえに闇斎は

『それでは話のしようがないではないか。
もし本当にこの所を質問しようとするのであれば、これらの書物をよく調べ
一々それを分析し、どこに問題があるかを明らかにして、その上でもってこい』
と言った。

木斎は恐れ入って退き、広く諸種の書物を調べ、朱子に従うものを一冊とし、朱子に反対するものを集めて一冊とし、繰り返しこれを読んで記憶し、その上で闇斎に質問したという。

「よしよしそれでこそ学問になるのだ。ここはきわめて大切な所であるから軽々しく説明するわけにはいかぬ。自分は先年拘幽操一冊を出版させておいたから、それを求めて研究せよ」
闇斎は、そう言った。

その結論を導き出すにあたり、どれほど諸説を検討し、いかに厳しく分析し、批判したか。
道徳教育なるものは、一朝一夕にて成就するものではない。
軽率に考えるべきものではないのである。

厳しくするべきか、優しくするべきかと無意味な議論を重ね、とにかく愛情であると言いながら自己満足に浸る。

昨日こう言い、今日はこう言い、しかして明日はこう言いながら、前の諸々を忘れる。

子どもたちより長く生きたことを盾に、長養の情をやかましく言い、しつけと言っては浅薄な理想を押し付けて、自らを顧みず、中身のない正義を拳にこめる。

知識が足りないのだ

識者と呼ばれる人々は、繰り返し感情を言葉にしているだけである。

私は、この活動を生かすために、先達に約束したいことがある。
つまり私は私情を持たず、教学の重みを一身に受け、そして改新させようと。
道徳とは、古賢の命の上に築かれた、崇高なる知性なのだから。

文献 少年日本史 (平泉 澄 著 時事通信社 出版)
現代哲学辞典 山崎正一・市川浩 講談社現代新書