概略3・脱亜入欧

脱亜入欧

日本史上最大の出来事と言えばひとつに開国ということが挙げられるだろう。
が、日本人の精神性が変質した原因としても、第一歩目として挙げられる原因が、開国なのだ。日本人は、開国すると同時に流入してきた様々な「洋風」に対し、過剰なまでの刺激を受け、また、それに伴い明治政府が行った極端な欧化政策により、武士は刀や立場を棄てさせられ、あるいは国民全体が、それまで培われてきた精神性を放棄する如く、思想や哲学、様々な教学を学ぶことをやめ、新しくて華やかなものの魅力に吞み込まれていったのだ。

日本人の民族性を変えた原因として特に大きかったものの一つとして、明治期に入ってすぐに行われた、教育制度の改革が挙げられるだろう。それまでは特定の子弟しか受けられなかった教育を、誰もが等しく学べるようにするべしとした新しい教育制度は、世界史上最速レベルと言えるスピードで国内に根付き、また、教育に関する勅語として発表された教育勅語は、その頃の道徳教育の根幹として非常に魅力あるものだったが、取り入れられた学問には洋風への大きな偏重が見て取れた。
それでも日本人は、ヨーロッパが300年くらいかけて培った西洋風の学問を瞬時に我がものとし、その分野、すなわち物理学や医学分野といった相手の土俵にて次々と名を上げたが、それ以前に武家の子弟が習っていた儒学や仏教、神道といった精神論は、一般学問の二の次とされた。

外来思想を寛容な態度で受け入れられる日本人の器(うつわ)は、清濁併せのむ勢いで埋められていったが、濁りを善きものとして浄化する能力に欠けたか、あるいは浮かれたか、人間は放逸にすると自然に堕落するから自能的に自分を引き締めなければならないとしたサムライの根本思想を忘れたことで、人々の心のスキに魔が入ったのだ。

この頃より、世代を追うごとに薄くなる民族性。
それは教育に問題があった。
今でも年長者は長幼の序を以って新しい世代を批判するが、江戸末期より現代まで、その繰り返しが幾度、行わたのだろうか・・・。今や、長幼の序さえも世に見当たらないが。

 

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