概略4・経済主義と精神主義

経済主義と精神主義の相克

それでも、日本の歴史と共に培われ、染みついた、類まれなるサムライ精神は、文武両道にして凡人に能わず、肉体に対しその限界を軽々と超えさせた。
開国後、まるで日本の国力を試すように待ち受けていた日清戦争で清国に勝ち、有色人種を蔑むことこの上ない世界の覇者、最強国ロシアとの無謀な戦争でも勝利をつかみとった。
モンロー教書に従い孤立主義を貫いていたアメリカをよそに、大英帝国(イギリス)という、当時主流だった帝国主義国家の長と同盟を組み、強国の一員として世界情勢を動かす歯車の一部に成りあがった日本。
世界地図を広げた時、探さないと見えないくらいの島国が、その強さと、国内秩序、勤勉で賢く、正義感も強く、しかして理解しがたい思想や価値観をもって瞬時に強国と肩を並べたことは、日本、および日本人とは何か?とした興味と、次は何をやるのか、とした脅威の眼差しを世界中から集めていた。

そうした頃の1914年、オーストリアの皇位継承者フランツ・フェルディナント大公夫妻が、陸軍の軍事演習視察のため訪れていたボスニアのサラエヴォで反オーストリア運動結社「黒い手」のセルビア人メンバーに暗殺されるとした事件が起きた。
オーストリアは即座に軍備を整え、復讐戦としてセルビアに攻め入ったが、このことが、フランスを全滅に追い込みたかったドイツ帝国や、イギリスに借りがあったイタリアなど、当時の複雑な同盟関係に刺激を与え、戦火拡大。とうとう、ドイツ帝国、オーストリア、ブルガリア、オスマン帝国など4か国の同盟国軍と、イギリス、フランス、ロシア、セルビアなど27か国による連合国軍との世界大戦にまで発展してしまったのだ。
日本は、日英同盟に基づき連合国軍として参戦。中国内にあったドイツ所有の租借権益を奪ったり、中国東北地方の隷属化を突き付けてひんしゅくを買ったりしていた。

後に第一次世界大戦と呼ばれるこの戦争において、世界の情勢は大きく変貌することとなる。
主戦場となったヨーロッパは疲弊して力がなくなり、植民地化されていた国々で独立運動が活発化。
ニコライ二世が退位しロマノフ朝が滅亡してしまったロシアでは、ソビエト政府が設立される。
ドイツでは革命が起き、皇帝が退位してしまう。
つまり勝敗に関係なくほとんどの国が打撃を受けたということだが、こと日本においては、莫大な戦争特需を受け取ったばかりか、この頃創設された国際連盟の中心的な立場をも獲得するに至ったことで、終戦直前に参戦した無傷のアメリカと共に、その後の世界のリーダー格として大いに存在感を高めていったのだ。

好景気に沸いた日本。

しかし、バブル期を想像しても分かるように、このころの日本では、今ほどではないが、衣服が乱れ、今ほどではないが倫理もなくなり、今ほどではないが欲望が人々を支配した。
賢い人らは、日本が失われていくことへの危機感を胸に募らせていたが、浮かれた人間が内証を悟るはずがなく、さらに人々は、新しい民主主義や自由、贅沢な暮らしに浮かれに浮かれ、憧れを持つ人は金銭のみを追いかけ、あるいは、一方では、共産主義者が白色テロを頻発させたりと、それら多様な風潮により、人々の人格は変容し、価値基準は序列を変え、国柄や思想は、果たしてサムライ国とは程遠い、無残で、曖昧なものになっていった。

この頃の日本人の様子を見て取れる話しに天譴論というものがある。
1923年9月1日に大地震(関東大震災)が関東地方を襲った時のこと、財界のリーダーだった渋沢栄一は、「大きな地震に見舞われたのは人々のだらしなさを憂えた天からの罰である」として世々の人々に警笛を鳴らしたのだ。
皇室から異例の勅がでたほど大きく乱れた日本人。
銀座の復興の中でも・・・

「ええか、羅馬(ローマ)は何故亡びた。奢侈淫卑不道徳(みだらな男女関係や度を越した贅沢のこと)の結果だ。即ち天が人間の増長慢(未熟なことを自覚せず分不相応に高ぶること。慢心)を罰したのだ。不幸にして我国の現在は羅馬の末期だ。政治家も腐敗しとる。実業家も腐っとる。あきんどは欲ばかりかわく。若い男は惰弱になり、女どもは洋妾(ラシャメン・外国人相手に身を売ったり、淫らなことをする女性―サザンオールスターズの歌にもある)の真似をして得々たるものがある。外来の悪思想にかぶれた青年は、髪を長く延ばして露西亜(ロシア)を謳歌する。亜米利加(アメリカ)の役者の真似をする。胸糞が悪くて見ていられん。強健質実の美風は地を払った。心ある者は常に憂いていたが、天も見るに見兼たとみえて、はっはっはっは、遂にやりおったよ」と語られたという。

ちなみに東日本大震災の時、当時の東京都知事だった石原慎太郎が・・・

「これはやっぱり天罰だと思う。我欲だよ。物欲、金銭欲。・・・・・・.我欲に縛られて政治もポピュリズムでやっている。それを一気に押し流す。津波をうまく利用して我欲を洗い落とす必要があるね。積年たまった心の垢をね。これはやっぱり天罰だと思う。被災者の方々、かわいそうですよ」と発言し、ひんしゅくを買ったことがあった。
石原前都知事は後に発言を撤回したが、大正時代の天譴論は支持者の層が厚かったらしい。

当時実業之日本社社長だった増田義一は、震災を、国民に反省と改心を迫るために天が振り下ろした鉄槌だと言い・・・

「勤労をいとうて安逸をむさぼり、驕奢にながれ淫靡に陥り、自由恋愛を唱え三角恋愛をとき、いたずらに享楽主義にかたむき、カフェーは繁昌し、舞踏は流行し、惰気満々、無責任の徒多く、不正事件頻発し、賄賂公行し、じつに不真面目の状態であった」と。

※ 訳すと、「大して仕事もせずに気楽に過ごし、身の程知らずの贅沢をし、スケベなことばかりに没頭し、「不倫は文化」みたいな意味不明なことを言っては不倫のやり放題(あ、時代が違うけど)。そればかりかAVや風俗にハマり、キャバクラばっかり行って、クラブでは、若い男女がナンパしたり、されたりを楽しみ、あとは何もやる気がなく、ニートで、家がごみ屋敷になるまで掃除せず、だからといって責任を取らず、痴漢警官や盗撮教師、レイプや変態がはびこり、金でなんでもやる奴が増え、ちゃんとした奴なんかいやしない」(爆笑)

また、思想道徳の退廃から来る人間の堕落として・・・

「社会主義や危険思想が伝播せんとし、農村の赤化運動さえ見るにいたり、社会の秩序や規律をおもんぜず、わがまま勝手な思想が増長せんとした」と嘆いた。

がしかし、寺田寅彦の・・・
「著しい事変のある度に、それが、人間の風儀の悪くなったための天罰だと言って、自分ひとりが道徳家ででもあるような顔をしたがる人がある。これも昔から今まで変りはない。昔のそういう人の書いたものをよく見ると、人間というものは昔から全く同じことばかり繰り返しているものだという気がする」

とした意見(事変の記憶)をみると、人間の根本的な性を想わずにいられない。
いつの時代にあっても、人間自体は、外的要因により同じように変わるのだ。

 

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