私の産みの親は、食事を与えることや対外的な事柄を処理することを親の責務の主軸と考えているような人でした。
中流中の下くらいの家庭ではなかったかと思いますが、子供のために自分の時間を割く様な、普通といえば普通の感覚が無かったようで、小さい頃の思い出としてどこかに連れて行ってもらった記憶はほぼ無く、夏冬春休みは初日から最後の日まで親戚の家にあずけられておりました。まあ、よく殴られたし、面倒も見てくれなかったので、今で言えば愛情の無い、虐待的な親だったのか、と記憶しております。

よって、両親とも亡くなったときには涙も出ず、というか心の中は全く、なにも反応しませんでした。ただし、母は時に優しかったので、最後、看取ろうと思い数ヶ月間、母の元にいたのですが、亡くなる瞬間に限り外出(と言ってもゴミだし)して連絡を受けることが遅れたので、看取れず、まあ、考えてみればそれもそれらしい最後でした。

もちろん、その様な育てられ方をされたことに対し、恨みや憎しみはありません。
私は生まれたときから強さを求められていたのだと思います。
三歳のときからひとり、バスで幼稚園に通わされ、何度、バス停を間違えて迷子になったか・・・
その調子は生涯続いていたので、あえて、どの様なことが身の上に起きたかを書く必要もないでしょうが・・・。とにかく、すごい親でした(本人に意図はなかったから更にすごい!)。

そしてひるがえり、いま、師匠であり、狂犬病に罹った野良犬のような私に救いの手を差し伸べてくださってより時に厳しく、そして時には、実の親に感じたことの無い深くて暖かい愛情をも注いでくださった育ての親、頭山立國氏。
少し体の調子を崩したと聞けば、本当に不思議な話しだが、実の親が亡くなっても何も感じなかった心が悲鳴をあげるがごとく、涙が止まらなくなってしまったり、私の具合も悪くなってしまったり・・・
父は頭山立國氏。そして奥様は、どこまで深いか想像もつかないくらいの愛情を私に向けてくださっている母と思っている。

そうした数奇な人生を歩む中、親というものに対して感じたのは、母には母性、父には父性というものが厳密に、そしてそれぞれ完全に独立して存在しているということだった。

父性は男を強く、優しく育てる。

浮薄な優しさは誰でも簡単に表現できるが、本当の優しさは、本当に強い者しか得られないものである。
強さの奥底から出る優しさと、一切の恐怖を追い出した私の心を作り上げたのは、頭山立國の父性である。

親の性については、父親も、母親も、よく考えなければならない問題だから、共に深めてみたいと思うが、育て方に関する因果律というものが、必ずしも直線的に繋がっているわけではないということは意識するべきだろう。