・理を教える

 

たとえば家を作るとき、いくら釘の打ち方や材木の切り方を教わっても、その前に、どんな家を作ろうとしているのか?、いつまでに仕上げるのか?、この作業にはどんな意味があるのか?、何故そうしなければならないのか等の、つまり、大局的な構想を理解し得ていなければ作業は有意義に進みません。

・・・それと同じく。

数々の強要の中、それが正しいか否かに関わらず多くの事柄に従い評価を受け、なおもそれにより生涯をも決定されようと日常を生きる子どもたち・・・。
思い出してみてください。

生活上とても必要とは思えないような勉強を何故しなければならないのか・・・。
どうして早く寝なければならないのか・・・。
立派な大人って、何なのか・・・。

私たちは経験しています。
この様な疑問が、未来に向けて前進するべき自分自身に対する障害となり、あるいはそこから数々の反発が生まれたことを・・・。

 

始まりも終わりもない時間軸に乗り進む人生という戯曲。
もしも生まれる前に知性があって、世の中の理や定めが解っていたならば、人は、どんなに楽な、そして有意義な人生を送れることでしょう。

波のごとく襲いかかる困難を克服し、かくあるべき最も理想的な人生を構築するための眼、洞察、知恵や知識をもっていたならば、そして、精神というものの本質を理解しつつ、人の道を成就することの価値を知っていたならば、いかなる人の心にも存在する憂いや恐れは必ず消滅するでしょう。

 

あらかじめ知っておくべき事柄を、あらかじめ知らせておくという親切を、子どもたちに運んでください。すべての子どもに内在する善への能動性を喚起するために!

それは何のためにやるのか。

何故、早くしないといけないのか。

それはだれが困るのかをも・・・。

 

私はより正しいことを考え、理解しつつ正しい行動を行える子どもと、その親を応援したいと思っております。

成功者はみな、哲学を持っていた。

親御さんができないことは、私たちが代わりに行います。