次男、18歳。

容姿や性格が私の生き写しのような次男坊。だが、彼は後天性の障害者だ。

 

右後頭葉頭頂部から側頭葉にかけて観られる脳内皮質形成異常を因子とした難治性癲癇、ADHD、後発で思春期の精神障害、手術の影響により知的障害、左側視力を失い、原因不明だが会話する能力も失った・・・・

命に関わるか、あるいは軽くても半身麻痺、運動機能障害、視覚障害、言語障害などの危険性があると言われる手術を6度も受け、結果、知力、左側の視野、話す能力などを失ったが、持ち前の寒気を覚えるほど強い精神力と真っ直ぐな心は今も生きている。

ここに書いても仕方が無いが、次男との闘病により、日本の医学界の脆弱さや、政界や行政内で働く強いパワーポリテクスバランスが医療業界全体を腐敗させていることなど、つまらない日本の、最も許しがたい部分を多く痛感させられた。

人は、病に倒される場合もあるが、医療行為に倒されるケースの方が多いかもしれない。

 

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私は、長男が世話になった中学硬式野球のクラブチームでコーチ兼GMの役をいただき、多くの時間をよその子供たちと過ごしてきたが、2016年に、引退させていただいた。

 

家ではオヤジとしての役目もこなしていたつもりである。
小学生から大学生まで、まわりは子供の友達だらけの状況が20年位続いたか。

長男の友達の中には、私と遊びたくてウチに来るような子もいたが、今はずいぶん静かになった。
長男の友達は今でも忌憚なく私にあいさつしに来るが、昔は可愛かった奴らでも大きくなると何となく気持ち悪いので、最近はなるべく関わらないようにしている。

 

次男の事で思い出すのは、学校が終わり、少し時間が経つと、家の前に女子の列が出来上がることが日課のようにあったということか。みんな、次男の苦情を言いに来るのだ。次男の元気は、暴れん坊の域を超えていた。

 

私は、師、頭山立國会長が言う、「親として悟った事を宣揚」するには十分な経験をしてきたと思う。

これもまた“縁”として、このプロジェクトを知った方々と共に有意義な価値を高めたいと願う。