近代日本において、およそ300年ほど続いた幕藩体制は、六十余州の民を一気に奮わせた「尊皇攘夷」という義を中心に分かれた保守派と倒幕派が、サムライらしさを史実に刻みつつ戦い、結果、時代が選んだ方向へと進むべく終結を迎えましたが、本当の国難は、その先にありました。国開きと共に開始された急激な欧化対策は、尊皇攘夷の根本理念を忘れさせ、更に近代化や西洋思想を活発すぎるほど肯定したために、後の日本および日本人は失うべからずものを失い、得るべからずものを得て変質していったのです。

保守を唱える政治家でさえ、主権と国民と国土を以って国家の要素と語りますが、日本においては、そうではない。民族性を失えば日本ではありません。

治安、マナーの良さ、国民の人柄も最高の国ではありますが、日本独自の哲学的な思惟や常識が枯れ果てた今の悪しき部分を観ずるに、例えば「誰にも迷惑をかけていないから」援助交際をして何が悪いか、という考えに対して明確な答えを持ち合わせず、あるいは、カジノ法案などといった陳腐な案を前にして反対するとしても、ギャンブル依存の危惧とした程度の理でしか反駁できなくなってしまっています。

金を持っているか否かとした浅薄な基準でしか人の大きさを計れない。
いじめを受けているときの対策方法として「自殺」する事を社会が肯定(まるで斡旋)したことにより、いじめられたから自殺するとした、最悪で、最弱で、絶対にしてはならない恥ずかしい道を「仕返しの代用」として選択する子供たち。
「オレオレ詐欺」を行う側はもとより騙されてしまう人がいる。と、これらの事柄は、日本人が弱くなったことと、自能的に物事を考えられなくなってしまったことを映し出しているのではないでしょうか。
世界で唯一、「金も命も要らない」としながらももっと高次元の価値観を堅持していた日本人の魂はどこへいったのか・・・。

「金持ちよりも心持ち。」

頭山満翁のこの言葉は、人間の基本的な性質に異を唱えつつ「人間が得るべき本当の豊かさ」を思惟するための奥義を示していると思います。
見る方向によっては世界で最も良い国ではあるが、それは単に牙を抜かれたトラが飼育されている事に満足しつつ、肥えた腹を自分で舐め、次に与えられるエサの事をしか考えられない状態になっているのと同じだ。トラの歓喜は、野性の中でしか生まれない。
動物園が倒産し、飼育員がいなくなったとき、トラはどうなるか・・・日本の、すぐ先にそれがある。

いま求められる、あらゆる問題を解決する方法・・・

これは現象対策ではなく個々人の内証の醸成すなわち、今の価値基準の序列の一番を日本的精神主義へと変換することに他ならず、それには、日本人である自己の認知活動を客観的に観て、真の日本の英知を照射することから始めなければならないのです。
そうすれば、多くの日本人は、精神の曇りと歪みを清められ、忘れていたことを思い出すに違いない。
あらゆる客体に対応する心という主体の鍛錬が、人を人たらしめるのです。
他国から羨望され、期待され、注目される日本は、他方において、世界平和の枢軸国とした大きな役目を背負っているという事を思い出さなければならない。これから先、世界は、日本のあらゆる側面に注視し始めるのです。子育てという修行方法についても。