MCMマリーナクリスタルミネラル

野球少年

息子が小学校4年生くらいの頃に野球を始めたことがきっかけで、私も否応なしに野球のことを勉強し始めた。子供に対し、親が協力できることは何でもやるべきと思っている私としては当然のことだったが、夏になると見たいテレビが野球中継に乗っ取られてつまらない、という程度の認識しかなかった野球との付き合いが、まさか、それからのち10年以上も続くとは思ってもみなかった。息子が大学野球を引退した今でも、私は中学生の硬式野球クラブチームに少しだけ関わっている。

チーム名は八王子ボーイズ。

息子を、当時、野球部の強化に力を入れ始めていた私立高校に推薦してくれたのも、内面的な強さや潔癖性を伸ばしてくれたのも、高校生最後の夏、神宮球場での夏の大会最終予選にてキャプテンとして土に崩れるまで存分に野球と向かい合わせてくれたのも、このチームのお陰である。

S君

息子が在団中なのに親が指導者としてグランドに立つことを良しとしない私は、息子が卒団した時から、コーチ兼GMとして関わり始めた。

S君は私が就任してより3年目の選手である。

体は小さいが、器用な野球をする選手で、当時の監督(今は現場でヘッドコーチ)がマンツーマンでピッチングマシンのケージに入り指導していたことは今でも鮮明に覚えている。

「小倉さ~ん、ちょとこれ見てみて!」

「ん?どれどれ?お~~、凄いなぁ~Sちゃん・・・!」

何が凄いのか分からなかったが・・・この監督はプロ野球選手の個人的なコーチを務めていたり、自分が関わった高校を何度も甲子園に出している。きっと、何かあるんだろうが・・・。

 

そんなS君が中学3年生になった時のこと。高校での活躍に照準を当てて指導を行う八王子ボーイズでは、指導者が多数の高校と付き合いがあるがゆえ、チーム指導者が、その選手に見合った高校を選抜し、推薦で入学させるというのが慣例だった。S君は、息子と同じ高校に進学したいと言う。

監督「厳しいよ?」

S君「絶対に大丈夫です!」

私「やめれば?疲れて死ぬかもよ?」

S君「いや、大丈夫です!決めましたので!(このおっさんウザいわ)」

ということで入学。

高校3年生になった時には、1番バッター。守備位置はセンターの、背番号7番。つまり息子と同じポジションと背番号を背負って頑張っていた。

学校も休んでる?

息子が最初に学童チームで野球を始めてからこのかた、所属チームが変わっても必ず何らかの“役”を頼まれてきた私。「忙しいから・・・」みたいに断るのは“みっともない”と思ってしまうがゆえに何でも引き受けてしまうのだが、息子の高校では、お決まりの父母会役員のほか、吹奏楽の世界で娘が活躍していたことが有名だったのと私も音楽にうるさかったことから吹奏楽部の指導をも頼まれてしまっていた。息子たちの試合をスタンドから応援する吹奏楽部の前に立って指揮棒を振っている自分の姿がケーブルテレビで放送された時は顔から火が出てケツからクソが出るような思いだったが、それが功を奏してか(そんなことは無い)、あるいは八王子ボーイズとの関係性があってのことか、その高校の野球部とは息子が卒業した後もお付き合いをさせていただいた。

そしてある年のある夏の日のこと。昼は街をプラプラし、夜は繁華街をウロウロするのが仕事のような私は、その日も、なんの当てもなくプラプラと市民球場の近くを歩いていた。

「なんかうるせえなあ・・・」

バカだからピンと来なかったが、

「おっ!野球してんじゃん!」

よくよくみると、Sがいる高校が練習試合をしている。

「よっしゃ。あいつらにカンチョーでも決めてやるか!」

と、真剣に思いつつスタンドに行ってみると、知った顔の親たちが何人か応援している。

「ん~~~、なんか野球が変わったなぁ・・・。指導者、変わった?」

などと知ったようなことを言ってはチヤホヤされるのを待っていたが、グランドに目をやると、いるはずのS君が見当たらない。

試合が終わり、ベンチから出てくる選手にSのことを聞いてみると

「アトピーが酷くて練習にも来れないんです。汗をかいたり、日光に当たるのもダメらしくて・・・」

マジか!

野球少年にとって、夏の大会つまり甲子園をかけた戦いは、ある意味、最終目標であり、野球人生の集大成を飾る場であり、これまでの苦労をぶつける最後の舞台なのである。なのに、アトピー?なんじゃそりゃ!!

「おい、先生はどこだ?」

先生に話しを聞くと、Sは、3年生になったころからアレルギー症状がひどく、医者に行ったら、「野球をやめるか死ぬかのどっちかだ」と言われたこと。それでもSは「死んでもいいから野球をやります」と言って練習に出ていたこと、そして、それでも、アトピーの苦痛に耐えられなくなり、学校にも来れなくなってしまっていることを聞かされた。

マジか・・・

札幌の社長

ここまで長文を読んでくださり、ありがとうございます。そろそろ本題です。

で、そんな折、札幌で建設会社を経営している社長から東京に来るので会いたいと連絡があった。

この社長は少し変わった人で、会社を経営しつつボランティア活動をしたり、自分の畑で有機野菜を栽培したり、その傍ら健康に良いとされるサプリメントや健康食品などを見つけては自分で試し、その中で良いものが見つかった時には自分で販売したりもしていた。

今回ご紹介する「MCM・マリーナクリスタルミネラル」は、社長が一番長く扱っている商品で、然るになぜ、長くこの商品を取り扱っているかと言えば、自分でもこの商品の優れている面を体験している事と、一度使った人は必ずと言っていいほどリピートして購入し、続けることが理由になっているそうだ。

都内で奥様が経営している店で落ち合った私たち。社長から色々な話を聞かせていただいている時、ふと、Sのことが頭をよぎった。

「ところで社長、MCM・マリーナクリスタルミネラルってアトピーに効くんでしょ?」

薬事法上、効く、といった効果をうたってはならないが、私がMCMを販売するわけではないので会話をそのまま書いている。

「MCM・マリーナクリスタルミネラルは、アトピーもそうだけど、癌にも効果があるって研究発表されてるんですよ。他にも肝臓病や高血圧やら・・・。でもサプリメントだから薬事法で癌に効くとか言えないし・・・日本の薬品業界や厚生省は・・・・」

のような話が続けられた。

で、ベタな展開だが、社長にSのことを話し、2個ほど分けてもらったのだ。

S、これを飲め!

社長から分けてもらったMCM・マリーナクリスタルミネラル。

その頃、私は市民球場で八王子ボーイズのナイター練習をやっていたので、夜、取りに来るようお母さんに伝えてもらった。

一方Sの高校の野球部は、校内にある合宿所にこもって夏の大会に向けた強化練習をする頃だ。合宿は無理でも、せめて学校に行けるくらいか、できれば練習に参加するまで回復してほしい。

そんな、ベタなテレビドラマかB級映画のようなことが起きるとは思っていなかったが、もし少しでも回復すれば凄いことである。祈る気持ちで、Sに、MCM・マリーナクリスタルミネラルの粉末とカプセルを手渡した。

「これは薬じゃないから、いくら量をたくさん飲んでも大丈夫。具合が悪いときは多めに飲みな」。

高3とは思えないほど素直な笑顔を私に見せたのち、大会まで残された少しの時間と厳しい環境の中に、どうすることも出来ない身体的境遇を背負って帰っていった。

ミラクル

MCM・マリーナクリスタルミネラル。

Sに現れた結果は、私も、これを読んでいるあなたも想像することが出来ないくらい良きものだった。

Sは、私からもらったMCM・マリーナクリスタルミネラルを肌身離さず持ち、合宿に参加。

合宿中も「これだけは」と、欠かさず飲んでいたという。

試合にも出れた。

Sの経過を報告されていた私は、息子の試合も満足にいかなかったくせに、Sの高校の試合を観に行くべく球場へと足を運んでいた。

先発出場だった。

背番号は二桁になってしまっていたが、そんなことはどうでもいい。監督も、まさか試合に出られるまで回復するとは思っていなかったのだろう。

何打席か立って、ヒットを連発。

走塁も見事だった。

神宮球場での予選までは勝ち越せなかったが、両親と私に良い最期を見せてくれたS。私は、このことを通して、MCM・マリーナクリスタルミネラルを広く広めたいと思い立った。

MCM・マリーナクリスタルミネラル

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