常識を疑う

 

十年以上前になるが、TBS系列で「ここが変だよ日本人」という番組が放送されていた。

世界中から集めた多数の外国人(タレント)が、日本の風習や文化に自国の常識を照らし合わせ、そこに浮かび上がる「違い」を「変」だと指摘したり、日本人パネラーが反駁したり、時には喧嘩に発展したりするという、そこそこ面白い番組だ。

日本という国は、世界で最も古い国なので、内容的には成熟しているはずである。が、東洋で唯一、列強支配による植民地にならなかったことや、三百年以上もの間、国の門を閉ざしていたことにより、西洋列強諸国の植民地政策に関わった国々に植え付けられた「常識」や「価値観」とは相容れない部分が多く認められて当然なことである。他国文化や風習との「違い」を、日本の「変な部分」とするのは間違いだし、見る角度によっては、日本以外の国々で発生した多くの習慣や考え方は単なる「多数が原因となって生まれた常識」なのであり、正しいのは日本の考え方のみ、の場合もあるだろう。テリー伊藤が思わず「ふざけんじゃねーよコノ野郎バカヤロー」と言ってしまう背景にはこの感覚があったからと思われるが、時に、突き詰めて考えれば正しくないことでも、多数の認識と無意識の肯定により常識とされることで、正しいとされてしまうことがあるということに、注意しなければならない。

特に日本人は、小さいころから「褒められること」「良い子と思われること」「親や先生の言うことを聞くこと」「自分から進んで服従すること」が正しいと、徹底して教育されている。

無論、教育的な観点から考察すればある程度までは当然と言えるのだが、国民主権と語りつつも、一方では巧妙に国民支配を行い、支配層が欲しいもの、すなわち富を搾取するためのシステムとして民主主義という制度を機能させるには、気が付かない国民、考えない国民、反抗しない国民を生産することが不可欠だ。喧嘩が一番強いアメリカを使って広めた民主主義に必ず付随する資本主義と、資本主義の機能的中枢として必ず設置される中央銀行制度の主は、その国の民の懐からこぼれ落ちてくる大量の甘い蜜が絶えないようにと、常に破壊と生産、好景気と不景気の繰り返しを行っている。然るにこの構図は、当のアメリカや英国、フランスやドイツといった強国でも逃れられなかった、一部支配者が書く絵図なのであり、教育制度もその絵図を書くための戦略の一環なのである。

秘密の方法によって影響力を伸ばそうとする、

巨大で無慈悲な陰謀に我々は取り囲まれております。

<J.F.ケネディー>

FED(アメリカの中央銀行制度)に抵抗した偉大なるアメリカ大統領、J.F.ケネディーは、1963年6月4日、FEDを排除し、貨幣発行権を財務部に戻すとした大統領令11110号にサインしたが、その半年後、ダラスで殺害されてしまう。

新大統領リンドン・ジョンソンは、ケネディーの大統領令をすぐさま破棄したが、以降、中央銀行制度の問題に触れる大統領は現れておらず、結果、J.F.ケネディー大統領は、中央銀行制度に立ち向かった最後の大統領として名を残すことになった。

アメリカ人も、その他の先進国の人々も、この、気づかれないで経済的な奴隷にさせられてしまう策略に騙され続けながら、長い年月を暮らしている。教育も、法律も、政治も、司法もすべて、このシステムに縛られたままである。真実を見る目を曇らされ、正しい言葉を聞く耳を塞がれ、当たり前のことを考える脳を停止させられたまま、主人の顔を知らない家畜のように、エサを奪い合いながら生きているのだ。

日本人は、原価20円ほどの日本銀行券を手に入れるために、プライド、正義、仁義、使命、礼節、孝行、恥、真実、信用といった、命以外の全ての価値観を棄ててしまった。

金本位制度から遠く離れた現在のお金は、銀行の負債から生まれている。

それを推進する信用創造という制度は、地球という限られた資源を次々に破壊し、新しいものを作り続けなければ息が止まってしまう制度であり、さらに、金利という、発生根拠のないもののお陰で、人々は椅子取りゲームのようにお金を奪い合うことになるのだ。

ヒステリックにお金を追いかけることで自らの尊厳や立場を失う人の多さに驚くが、そのような、お金に負けた人、企業、政府のことを取り上げ、お金に負けない自分をつくらなければならないと思う。

品格は、非常時にこそ保って本物なのである。


また、お金に絡む問題としての法(法律・条令)にも疑いの目を向けるべきである。

法律とは、してはいけないことを述べているのではなく、何々をしたら、国家権力が有無を言わさず出動し、定められた期間、身柄を拘束する。もしくは罰として、定められた金額のお金を払え、と定めたものである(刑法と民法など法の区分に違いがあるが)。

ヤクザや半グレ?(半ではなく完全に愚連隊だと思うが)は、何をしたらどうなる(どういった処罰を受ける)かを分かったうえで、それをリスクとしつつも選んでその道を渡る渡世人であるから、当然、自覚、覚悟を定めて体を張っているのだが、ヤクザでも半グレでもない、社会の規範の中にある一般の公民が、何の覚悟もなく、何の資格(悪には悪の資格がある)もなく、あるいは悪党の意味も分からずに金のためにと「ヤクザ的」な手法だけを真似る傾向が、今の日本に非常に強くある。私は、不良が不良として生きることを否定しないが、不良でもない人間が不良を真似て、不良の利権を使い物にすることは許さない。

バレなければ法は出動しない。

法に触れなければ何をしてもいい。

弱っている人間に対し、どうすれば更に弱るかを考え、実行する。

他人が困ること、嫌がることをあえて行う。

困窮している人間を見下し、尊厳を奪う。

ただ雇われているだけなのに、あたかも自分の金を善意で貸したような恩着せがましさを以って債務者を苦しめる。

といった思考を元に、金の件で権利があるだけで立場的に優位だと勘違いし、堂々と、感情に任せる人間がいかに多くなったか。

それを、企業や、一般的な社会生活に強く影響を及ぼす貸家の大家や、賃借人と賃貸人との間にうまく滑り込んで暴利をむさぼる家賃保証会社、金融業者は元々そうだが税務署の職員や裁判所の執行官までもが暴力団方式を利用して困っている人を困らせる現状が、許せない。

困っていると分かっているのに、困っている人を更に困らせる事を平気でできる人たちは、変質者だ。

昔、世の中に社会的な差別があったころの日本では、社会に入る事の出来ない人や、朝鮮の人たちしか携わらない仕事というものがあった。代表的なものは金貸しだが、今の世にあって、自分から率先して取り立て業に就く人間には、何らかのいびつさを感じえない。

私は浪人なので、金があるときはあるし無いときは無い。

時に光熱費を滞納することもあるが、東京ガスの様な公的な企業(民間ですと言うが公共性や成り立ちからすればれっきとした公共機関である)がブサイクな取り立てをしてくると、本気で、知能程度を疑ってやる。

私は元来、戦い好きなので、低姿勢な人に高圧的な態度はとらないしマナーもかなり良いが、見下された時は思い知らせるように強烈な態度をとることがある。が、その場合でも、必ず、「お前の仕事の相手は困っている人がほとんどだろうから、俺は良いけど、他の普通の人に対しては、更に困らせるようなことをわざわざするな」「困っている人を困らせて楽しいか?」「自分の仕事に誇りを持てるか?」「やり方は他にもあるだろう」と説教している。

他人から念をかえば、すぐじゃなくても必ずいつか、自分が困っている時などに返礼を浴びる。なのに、それを仕事としている人には、その人なりの業があるのだろう。だから、恨まれるようなことをしないようにと諭すこともある。「ガス代を滞納している身分でよく言うね?」と、思うだろうが、ガス代を滞納してガスを止められても文句は言わないし、支払ってからガスが開栓されるまでの時間が長くても文句は言わない。が、滞納者を扱う人間の精魂が汚く、不必要なことを言われたり態度に出された時に「それは何の意味がある?」となっても他人から文句を言われる筋合いはない。

 

その意味でも、本文を読みながら、「それは違う」とか「言い分が勝手だ」と思われる部分が多々、出てくるかもしれないが、こちらは金銭至上主義から離れた見地により、「職業」として利益を得ている者達の倫理性を言うのであるから、多数の、浮薄な常識から非難されてもなんとも思わない。

この理屈が分からないから日本人は変わったのだ。

がしかし、この先、日本中に溢れかえる空き家、目減りする資産、金融政策の失政によりまだまだ続く金の奪い合いとその激化の中で生きていくには、法と、人の妙を理解しておいて損はないはずである。

誰でも、悪意なく経済状況が悪くなることがあるだろう。

借りた金が返せなくなることもある。が、それは罪ではない。

相手はあなたから利益を得ようとして失敗しただけである。失敗を計算しないで、利益しか頭にない、仕事のできない人間のために、守るべきものを諦めたり家族に嫌な思いをさせる必要はない。事業を失敗する人は世の中にごまんといる。失敗したときに感情的になって法を破る人間、他人から恨みを買う事を平気で行う人間に、再起は訪れない。

もしあなたが、一般の法人や個人から嫌がらせによる取り立てを受けたら、堂々と言い返してやればいい。「お前はヤクザか?と」。

「ヤクザなら仕方がない。それが特徴だし生き方なのだから。がしかしお前はチンピラでもないのになぜ、チンピラ風情を醸し出すのか?」

「少し、バカなのか?」

「もしかして、怖がらせようとしているの?それで?」と言ってやればいい。

開き直りと思われても一向に構わないで良い。

日本は法治国家だ。法で対処しろと言ってやればいい。

あるいは、私たちに情報を送って、ヤクザまがいの変な堅気としたレッテルを貼り付けて公開してやってもいい。

そんな形でも、役に立ちたいと思っている。

金に負けるな一般人!

その常識、普通のことを一度、疑ってみろ!

泥水をすすってでも、生きていこう!